Joy to the world

とある中小企業のしがない技術者でクリスチャンな人が書く日記。実はメビウス症候群当事者だったり、統合失調症のパートナーがいたりする。

聖書メッセージ

まことのぶどうの木

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。 (‭ヨハネによる福音書‬ ‭15‬:‭5‬…

金銀はわたしには無い

ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。 (‭使徒行伝‬ ‭3‬:‭6‬ JA1955)今日の箇所は、初代教会が発足して間もない頃に起こった奇跡を記した箇所です。ペテロとヨ…

主の祈り(まとめ)

「国と力と栄とは、限りなく汝のものなればなり」主の祈り 文語訳今日は、主の祈りの最終回です。今日の箇所は、マタイやルカの原典には無かったと思われる箇所です。写本が作られていく段階で、追加されたものだと考えて良いでしょう。この一節は祈りの結び…

主の祈り(6)

わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。 (‭マタイによる福音書‬ ‭6‬:‭13‬ JA1955)今日の箇所も、読み方を間違えると誤解してしまう箇所です。ここでイエス様は、私達の人生が「無風状態」である事を祈れと教えているのではありません…

主の祈り(5)

わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。 (‭マタイによる福音書‬ ‭6‬:‭12‬ JA1955)今日は、主の祈りの5回目です。今日の箇所は、自分の罪が赦された確信と、他人の罪を許す寛容さを与えてくださいという祈り…

主の祈り(4)

わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。 (‭マタイによる福音書‬ ‭6‬:‭11‬ JA1955)今日は、主の祈りの四回目です。前回までの祈りは、神と人間との関係に関する祈りでした。今日の箇所から、人間関係を中心とする、私達の地上生活に関する祈り…

主の祈り(3)

みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。 (‭マタイによる福音書‬ ‭6‬:‭10‬ JA1955)今日は、主の祈りの三回目です。「みこころ」とは、神様の最善を指します。天(いわゆる天国)では、起こる事全てがみこころです。この祈りは、その天国のよう…

主の祈り(2)

御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。 (‭マタイによる福音書‬ ‭6‬:‭10‬ JA1955)今日は、「御国がきますように」という祈りについて学びます。ここで言う「御国」とは、神の支配を表しています。「神の国と神の義とを…

主の祈り

だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。 (‭マタイによる福音書‬ ‭6‬:‭9‬ JA1955)今日からしばらく、主の祈りを取り上げたいと思います。主の祈りは、イエス様が弟子たちに教えた、祈りのモデルです。こ…

数えてみよ主の恵み

わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。詩篇103篇 2節(新改訳)この詩篇は、ダビデによる主をほめたたえる詩篇です。早速、内容を見てみましょう。はじめに、詩人は個人的な祝福を思い起こしています(1-5)。次に、…

主を待ち望む信仰

しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。 (‭イザヤ書‬ ‭40‬:‭31‬ JA1955)イザヤ書40章は、捕囚のイスラエルに対する解放を始めとする、神の救いのみわざを預…

互いに愛し合う

わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。 (‭ヨハネによる福音書‬ ‭13‬:‭34‬ JA1955)この箇所は、最後の晩餐での会話を書いている箇所です。ユダヤ人は、モ…

主を待ち望む信仰

主よ、わが心はおごらず、わが目は高ぶらず、 わたしはわが力の及ばない大いなる事とくすしきわざとに関係いたしません。(‭詩篇‬ ‭131‬:‭1‬ JA1955)今日は、詩篇131篇を味わいましょう。この詩篇の作者は、ダビデであるとされています。ダビデといえば、イス…

悩みから救い出される主

彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みから救い出された。 (‭詩篇‬ ‭107‬:‭28‬ JA1955)今日は、詩篇107篇を読んでみましょう。この詩篇は、主を賛美する詩篇です。作者はまず、主を賛美する事から始めています(1-3節)。その後、イス…

途方にくれても行き詰まらない

わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。 迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。 いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。 (‭コリント人への…

潜在的な病

イエスは答えて言われた、「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。 (‭ルカによる福音書‬ ‭5‬:‭31‬ JA1955)今日の箇所は、イエス様がマタイを召命された後のお話です。マタイは、召命を受けた事を祝うために、イエス様を招いて宴会を開きました。…

くれない族からの脱却

しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。 (‭ヨハネによる福音書‬ ‭13‬:‭14‬ JA1955)このみ言葉は、イエス様が最後の晩餐の時に語られた言葉です。当時、足を洗うという…

私たちはキリストと共同相続人

もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭8‬:‭17‬ JA1955)今日は、キリストを信じたお互いが、将来どのような希望を持って…

祈れないとき

最近、祈れないときこそ祈るというのが大切なのだと思ってきた。 祈れないというのは、つまりは心がざわついている状態だと思う。ざわつきの原因はいろいろであるが、そのほとんどは単なる思い煩いだ。 私たちは、思い煩いに支配されている時間が、あまりに…

頑張り信仰からの脱却

わたしたちの主イエス・キリストによって、神は感謝すべきかな。このようにして、わたし自身は、心では神の律法に仕えているが、肉では罪の律法に仕えているのである。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭7‬:‭25‬ JA1955)一昨日の解説で、私たちは罪に対しては死に、今は…

神の忍耐

ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。 (‭ペテロの第二の手紙‬ ‭3‬:‭9‬ JA1955)…

罪に対して死んだ者

わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭6‬:‭1-2, 6‬ JA1955)もしわたしたちが、キ…

患難をも喜ぶ信仰とは

それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。 そして、希望は失望に終ることはない。(‭ローマ人への手紙‬ ‭5‬:‭3-5‬ JA1955)パウロはこの言葉を、神…

神との平和

このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭5‬:‭1‬ JA1955)今日のお話しは、義とされた事による祝福についてです。以前の私たちは、神を神と認め…

イエスキリストを信じる信仰による神の義

しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭3‬:‭…

救いとは何か

わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭1‬:‭16‬ JA1955)今日から、ローマ人への手紙をベースに、信仰の基礎をもう一度学びたいと思います。今日のお話は…

わたしだ、恐れる事はない

すると、イエスは彼らに言われた、「わたしだ、恐れることはない」。 (‭ヨハネによる福音書‬ ‭6‬:‭20‬ JA1955) (16-21節を読んでください)この箇所は、イエス様が湖上を歩かれた箇所です。注目すべき点は、二つあります。この出来事が5000人のパンの奇跡の後…

詩篇から見る祈りのモデル

しかしわたしはあなたのいつくしみに信頼し、わたしの心はあなたの救を喜びます。 (‭詩篇‬ ‭13‬:‭5‬ JA1955)今日は、詩篇13篇を味わいましょう。短いですから、この記事を頼りに読んでみてください。今日の詩篇は、主への訴えから始まります(1-2節)。いつま…

愛について考える

たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。 (‭コリント人への第一の手紙‬ ‭13‬:‭3‬ JA1955)今日は、愛について考えたいと思います。今日の箇所の前半と後半は…

神を過小評価していないだろうか

ヨハネによる福音書の6章にある、5000人のパンの奇跡を読みました。私は、神の力を過小評価していないだろうかと探られます。日常生活を送っていると、「神様はこうしてくださるはずだ」という期待と、実際のギャップに苦しむ事があります。僕の就職だって、…