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Joy to the world

とある中小企業のしがない技術者でクリスチャンな人が書く日記。実はメビウス症候群当事者だったり、統合失調症のパートナーがいたりする。

罪に対して死んだ者

わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭6‬:‭1-2, 6‬ JA1955)

もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。 (‭ローマ人への手紙‬ ‭6‬:‭8‬ JA1955)

生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。 (‭ガラテヤ人への手紙‬ ‭2‬:‭20‬ JA1955)

今日は、イエス様を信じた私たちの内面に、何が起こったのかということを学んでみましょう。

私たちは以前まで、罪の奴隷でした。奴隷は、主人の命令を忠実に実行しますから、私たちは「罪を犯さずにはいられない」人間だったのです。

しかし、私たちがイエス様の十字架と復活を信じた時、罪に対しては死んだ者となりました。

今の私たちは、罪に対しては死んだものであり、罪の支配からは自由なのです。

そればかりではなく、聖霊様が内住してくださり、「キリストが、わたしのうちに生きておられる」という状態にしてくださったのです。

ここで、「罪に対しては死んだと言うけれども、私たちはなぜ罪を犯してしまうのか」という疑問が起こると思います。

その理由を話すと長くなるので、次回お話ししたいと思います。お楽しみに。