「兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、 目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。」私たちは、時に過去の素晴らしい経験に満足して、それ以上を求めず生きている事がある。
ピリピ人への手紙 3:13-14 JA1955
http://bible.com/81/php.3.13-14.ja1955
パウロには、ダマスコ途上で復活の主にお出会いした経験や、第三の天まで引き上げられた経験があった。彼はこの素晴らしい経験を糧に、一生を平穏に生きていけたかもしれない。
それでも、彼は更に主を求め、人々に福音を伝える生活を送ったのである。
彼の目標は、この地上にはなかったのかもしれない。
私の目標は、どうだろうか。心を探っていただきたい。
今日、掲示板に社告が掲示されていた。何人かの方が、主任や係長に昇進していた。
その掲示を見ながら、いつかはわたしも...と野心に燃えている自分に気がついた。
主任になって、係長になって、もしかしたら部長になったとしても、神様を忘れてしまっては元も子もない。
私たちの目標は、ただ主に栄光を帰す生涯を歩む事である。この世のどんな栄光も、主の前に義とされている恵みに比べれば、取るに足らない。
こんな心構えで、前のめりの信仰姿勢を貫きたいと思う今日この頃。
明日も頑張ろう。