Joy to the world

とある中小企業のしがない技術者でクリスチャンな人が書く日記。実はメビウス症候群当事者だったり、統合失調症のパートナーがいたりする。

文章は自分で書こう

最近はAIの利用方法ばかり考えていて、このブログの記事もその話ばっかりになっているが、相変わらずAIを使う部分と人間がやる部分の棲み分けを考えている。

正直なところ、プログラムに関しては明らかにAIのほうがうまく書くし、自分自身もプログラムと言う行為自体に別段思い入れがあるわけではないので、これについてはAIに投げてもいいかなとは思っている。プログラムに関しては、ソースコード自体が自分の自己表現には含まれておらず、どちらかと言うと成果物が自分の自己表現につながっていると思う。

絵や作図についても、自分は自身がない、というか苦手であんまりやりたくない分野なので、これもAIに任せればいいと思う。

ではお前は何をするのかという話になるが、文章作成だけは自分でやろうかなと思っている。正直に白状すると、これさえもAIに丸投げしようと思って試行錯誤していたのだが、ある時「文章まで丸投げしたら、一体これを自分で作ったとどうして言えるのか」という、本質的な問題にぶち当たってしまった。

自分はどちらかと言うと、文章をキーボードで打ちながら思考をするということが多い人間で、今この文章も、事前になんの考えもなしにキーボードをカタカタしながら考えている。

この過程というのは案外重要で、これがないとそもそも自分の考えがまとまらないことが多い。文章を自分で作るというのは、AI全盛期の時代になれば今以上に冗長なことになるかも知れないが、それでも自分で文章を書き続けることが、唯一自分に残された、その成果物を自分が作ったという証明なのでは無いだろうか。

もちろん、AIに添削を頼むこともいいことだと思う(この文章も添削の結果をある程度は含んでいる)けど、やっぱりAIに0を1にする作業をさせてしまうと、正直成果物がつまらん結果になる。

自分にとって、文章は思考の過程なので、これだけは自分で書くべきだと思った。