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Joy to the world

とある中小企業のしがない技術者でクリスチャンな人が書く日記。実はメビウス症候群当事者だったり、統合失調症のパートナーがいたりする。

創世記1:5

神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。(口語訳)

神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。(新改訳)

And God called the light Day, and the darkness he called Night. And the evening and the morning were the first day. (KJV)

文脈

光が創造されて、それが闇と区別された。この箇所は、その光と闇に対して、名前を与えている。

ワードスタディー

光を...闇を...

  1. この時点では、天体は創造されていなかった事に注意
  2. 天体の動きがなくても、昼と夜があったのだろう
  3. 昼と夜は自然現象の結果ではなく、明らかに神の意志によって創造された

名づけられた

  1. ヘブル的には、名前は対象そのものを示す。
  2. 名付けの親が、対象に対するすべての権威を持つ
  3. 神は自然に対して、すべての権威を有する
  4. 自然を支配できるのは、神だけである

夕があり、朝があった

  1. 聖書においては、日没から一日が始まる。

第一日

「一日」をどうとらえるかで諸説がある

  1. 文字通り24時間説
  2. モーセが啓示を受けた日
  3. 7日目を安息日とするために、モーセが決めた枠組み

24時間と考えるのが、一番自然な気がする。

感想

神が昼と夜を創造されたことに、改めて気がついた。昼と夜は自転や公転の結果ではなく、あらかじめ神がデザインされたものなのだ。

現代ほど、昼と夜の区別が曖昧になっている時代はない。「夜には休む」という、当たり前のことについて、もう一度考え直すべき時代なのかもしれない。

神は煌々と輝き続ける街を見て、何を思っておられるのだろうか。