「君は惚気話が好きか?」
目の前に座っているあまりさえない男が、突然口を開いた。彼は工業高専を卒業後、高専専攻科なるマニアックな進学先を選び、修了した今は地方の工場で働いている。
どこにでも居ると言えば語弊があるが、特記するほどの実力がある訳でもない、一般的な社会人だ。
ただ一点、彼には欠点があった。
「君の惚気話なんて、聞きたくもないけど」
僕はそう答えたけれども、彼にはその思いが届かなかったようだ。
「それならちょうど良い。惚気話を始めよう。」
彼の欠点は、人の話を聞かないことである。
「実は昨日、彼女を連れて実家に帰ったんだ。」
「両親へのウケは良くて、終始和やかな雰囲気だったんだ。」
彼は話したいことを、少し吃音気味な口調で、矢継ぎ早に話している。
「それから僕の母校がある街に行って、ついでに母校も紹介してきたんだ。」
彼の母校は、県境の山奥にある。あんな所に連れて行かれて、彼女は反応に困っただろう。
「とにかく、この二日間は良い日だった。」
やっと話が終わった。僕は気づかれないようにため息を漏らしつつ、彼に意地悪な質問を投げかけてみる。
「それって、いわゆる面接に良くあるお客さん対応じゃない?不合格フラグみたいな」
彼や、彼の彼女をけなすつもりは無く、ありのままの感想を述べてみた。
「顔合わせに合格も不合格もあるか」
彼は、まじめな顔でそう答える。
「いいか。僕は彼女を愛しているんだ。両親が悪い印象を持ったところで、それは今から二人で協力して、挽回してみせるさ」
彼は、こういう聞いている方が恥ずかしくなるような話を、平然と語る。彼は惚気話をしようとしていない時でも、惚気話をしているのである。
「今、惚気話しやがってと思ってるだろ?いいか。惚気話を笑うものは、惚気話に泣くんだ。」
なるほど僕は、最近惚気話を話す機会がない。そういう物を恥ずかしがっていて、前につきあっていた人にも、愛している事を伝えていなかった気がする。
彼は時々、核心を突いた発言をする。今回の所は、彼の惚気話を素直に聞いておこう。
「それでな、彼女はこう言ったんだ...」
彼の惚気話は、その後も1時間ほど続いた。
-end-