Joy to the world

とある中小企業のしがない技術者でクリスチャンな人が書く日記。実はメビウス症候群当事者だったり、統合失調症のパートナーがいたりする。

自分の役割について整理する

普段、私は正直暇を持て余していると言っても過言ではない。まあ実際はそれなりに仕事をしているのだが、表面上は暇そうにしている。

私は現在管理側で、ルーチンワークは部下に振るかプログラムにやらせている(主にプログラムにやらせている方の比重が高い。コンピュータならこき使っても怒らないので)。

こういった環境を構築してしまうと、平常運転で問題なくラインが稼働している間は、正直やることがない。仕方がないので、暇つぶしがてらプログラムを書いて数少ないルーチンワークを自動化している日々だが、これもやり過ぎると、朝来てもやることがほぼ無くなってしまう。

朝来てもやることがあまり無いと言うのは、案外疲れるものである。昔みたいに、ただひたすら目の前にある作業をこなしていけば、一日があっという間に終わってしまっていた日々のほうが気楽だったかもしれない。

だからといって、あの時代に戻りたいわけではない。非効率で体力勝負みたいな環境は嫌だ(今は自分で改善したので、もっと楽にはなっているはずだが)。

今の自分には、会社に居てなにか困り事があったりマシントラブルがあったときに対応するというのが、主な業務だと言って問題ないと思う。だから、普段はこうやって文章を書いたり、本を読んだり、プログラムを書いたりと色々としている。

これは考えようによっては毎日つらいし、他の考え方によっては毎日非常に充実していると言える。自分は正直なところ、最近までは前者の考え方だったけど、最近はやっと「居るだけで意味がある」という存在に段々と慣れてきた気がする。

まあ考えてみれば、自分の仕事の進捗等に上司から問題提起があったわけでもなく、評価されず給料が低いわけでもなく、普通に頼りにされて色々と任されて、裁量の幅も広いというとても良い条件なのだ。

人というのは、過去に言われたことや過去の自分に対する扱いというのはなかなか払拭できず、いつまでも人に怯えてしまったり、必要以上に頑張ってしまう傾向がある。でもそれは認知の歪みであって、実際に起こっている事象とは異なる。

自分は技術者で科学者の端くれなのだから、もっと起こっている事象を客観的に見定める必要がある。常に冷静で居るためにも、やはり常に技術者としてのアイデンティを持ち続けないといけない。