Joy to the world

とある中小企業のしがない技術者でクリスチャンな人が書く日記。実はメビウス症候群当事者だったり、統合失調症のパートナーがいたりする。

職場での立ち位置

最近は、今の会社での、自分の立ち位置について考えることが多くなった。

正直なところ、僕は今の会社の平均的な社員ではない。今の会社は典型的な地方の中堅中小で、構成員の殆どは地元の高校卒。

一部の管理職は外部からの引き抜き等で構成されているけれども、基本的に地元民の集まりと言って良い(初代の社長は全く別の出身だったけど)。

こういう構成の会社にとって、僕みたいな少し離れた場所の、しかも高専の専攻科卒なんて人間は、間違いなく普通ではない因子である。

こういう普通ではない因子が入ってくると、日本社会の場合、大抵はじめは風当たりが厳しい。新しく入ってきた奴は大卒らしいが、果たして現場で使い物になるのだろうかと、最初は品定めのような状態に置かれる。

僕の場合もそうで、はじめの4年ほどは比較的大人しくしていた。周りと同じ作業を行い、苦楽を共にしてきたつもりだ。
その成果もあってか、最近はメンバーの一人として認められるようになってきた。

こういう状況にあって、今私は新しい立ち位置を確立しようと模索している。

昨年の丁度今頃、私はある提案書とプレゼン資料を作成して、社長に直談判した。今思っても、なんとも大胆なことをしたものだ。

その内容は、自社開発の工程管理システムに関するものだ。現場でライン作業者として数年作業した経験を生かして、今の問題点を解決するためのシステムを構築したいという内容。

この内容は無事に通り、サーバー等一式を購入する事ができた。しかしながら、この時点では作業員から完全に抜けることができなかった。

「抜けることができなかった」理由には、生産数や後任者の問題等々色々なことがあった。

しかし今、それらの問題が徐々に解決しつつある。確かに納期はカツカツであるが、私が作業しなくてもなんとか回るようになってきた(回らなくなったら人員を補強してくれるようになった)。

そのおかげで、私は管理とか、先程挙げたシステムの開発に注力できるようになっている。

今は、大きな過渡期だと思う。私がやってることは半ば既成事実を作っているようなもので、あまり褒められたことでは無いかもしれない。

ただし、今からこうしておかないと、おそらく自分が始めたプロジェクトも有耶無耶になってしまう。

日本人って、既成事実に弱いじゃない。「しょうがない」ってすぐに言っちゃうじゃない?

まあ別に、それを逆手に取るとかそれほど腹黒くは無いけど、純粋無垢では社会は生きていけませんよ。

私の目標は、自分がやりたいことをやるということではなく、会社の業務効率が少しでも上がり、不良が減ることである。

この思いを忘れずに、今の仕事をやり遂げたい。

なにか満たされない思い

もうすぐ、結婚して一年が経とうとしている。

結婚当初は、それはもう嬉しかった。

ただ、最近は状況がちょっと変わってきた。なんとなくうまくいかないというか、ぎこちないのだ。

新しい環境に慣れてきて一年ほどすると、はじめに見えなかった問題というか、課題がいろいろと見えてくるものだ。
それは別に、今初めて経験しているのではなくて、以前にもいろいろと経験している。

例えば、高専入学後にも、今感じているような気分になった事がある。
頑張って入学したけど、これからどうしていこうって。
あるいは、なんだか思っていたものと違うなって。

あるいは、入社して二年目とも似てる。仕事には慣れたけど、これがずっと続くのかなって。
それは辛いなと思ったり。

もっと言えば、クリスチャンになってからの数年も、こういった感覚に似たものを感じるのかもしれない。

まあ要するに、私は変化に弱い面もあるけど、でもどこかで変化を期待して、変化から刺激を受けようとしているのだろう。

少し昔に、自分はADHDではないかと本気で悩んで、精神科に通った事があった。
結論としては、確かにその傾向はあるけど、日常生活に困るほどではないだろうとのこと。

ここで明らかになったのは、やっぱり僕は、ある程度の生き辛さを抱えているのだなということ。

最近、このことをすっかり忘れていたというか、封印していた気がする。
自分は普通の人間なんだって。

普通という言葉は嫌いだが、日本社会においてはかなり重要だと思う。

適応障害」という病名があるが、案外この適応障害というのは、過度に適応しようとした結果なのかもしれない。

昔、通っていた精神科の先生に聞いたことで、今でも心に残っていることがある。

僕が自分がADHDではないかと悩んでいたとき、彼は、精神疾患の病名は、その人を説明するものではないと言った。
病名はあくまで、その人が困っていることを解決する目印であって、その人の性質を決めつけるものではないと。

今の日本というのは、とかく生き辛い。だから、地位とか職業とか障害とかに自分のアイデンティティを確立しようとしたがるが
それでは救われないのだ。

今の状態で生き辛さを感じて、別のペルソナを探し出してそれに適応しても、すぐにまた生き辛さを感じてしまうのかな。

今の時代というのは、個人主義的風潮が強いように見えて、それでも昔ながらの日本的な縛りが強い、非常に難しい時代だと思う。

こういう時代に正気を保っているには、あらゆることに関わらずに自分に閉じこもるか、自分と思考が似た人間と馴れ合うしか無いのだろうか。

とりとめのない文章になってしまったが、とりあえず試行錯誤が必要だと思う。

最近のこと

最近、ブログの更新もまともにできなかった。

更新するネタが無いわけでもないし、時間が無いわけでもない。
ただ単に、気力がないのだ。

この状況は、いつかの自分に似ているなと思った。
それは、研究室でうまく行かなくなって、実家に逃げ帰っていた頃だ。

私は、何かがうまくいかなくなると、全て放り投げてしまいたくなる。
多分、そういう性格なのだろう。

でも、そんな自分が許せなくて、どうにかして現状を打開する方法を探す。
頭ではそれを考えているけど、心はもう放り投げたいと思っている。

だから、心がどんどん死んでいくのだ。

最近はそんな感じだった。

でも、その状況も改善しつつある。
多分、これからはもう少しうまくやっていけると思う。

K840買った

買っちゃいましたよ。K840。

こいつはロジクール製のメカニカルキーボードで、そこそこお手頃な価格(と言っても6000円ほどするので、人によっては全くお手頃ではない)で購入できちゃう代物。

高級キーボードといえばRealforceですが、あれは買えないけどちょっと良さげなキーボードがほしいという場合に、良い選択肢ではないかと思います。

キーボードの打ち心地も、CherryのMXスイッチほどカチカチせず、打感としてはスコスコした感じ。この点、Realforceと少し似ています。

ただまあ、僕が持ってる108UBKと比べると天と地の差があるのは否めない感じです。値段が倍違うので。

カニカルってだけなら、Amazonで売ってる他のメカニカルキーボードでも良いのですが、長く使うならやっぱりちゃんとしたメーカーがいいかなと。

あと、筐体が金属なのも高評価できる点です。重厚感があって良い。

今使ってるマウスもロジクールトラックボールマウスなので、これで入力機器が全部ロジクール製になりました。

ホントはRealforceを家用にも購入したいのだけど、妻の許可が出ないだろうな・・・。

planetarian~星の人~を見た

今日、なんとなくAmazon Primeで動画を見ようとしたら、「planetarian~星の人~」という動画を見つけた。

絵柄が微妙に古く、私が学生時代の頃によく見たアニメを彷彿とさせるものだったので、とりあえず見てみた。

あらすじとかは公式のホームページで

planetarian-project.com

はじめKey原作だと知らずに見て、なんかAIRっぽいなと思いながら見続けてると、もう終盤で涙腺崩壊ですよ。妻が隣に居たので、ちょっと恥ずかしかった。

1人だったら、多分号泣してる。

このアニメの立役者は、間違いなく「ほしのゆめみ」役のすずきけいこさんだと思う。彼女の、ロボットなんだけど、どこか人間味のある絶妙な演技がなければ、このアニメは成立していなかったと思う。

それにしても、ゆめみがとにかくよく喋る。物語の半分は、ほとんどゆめみのセリフなんじゃないだろうか。彼女の、平和だった頃から続くルーチンワークを続ける様子は、荒廃しきった街に対してあまりにもギャップが大きすぎて、30年間で起こったことの重大さを際立たせている。

ゆめみをロボットとして設定したのは、本当に良い判断だったと思う。

Key作品は、他にAIRをアニメで見たくらいだけれども、個人的にはplanetarianの方が好きだと思う。

これは完全に私の好みであって、優劣をつけているわけではない。単に、ゆめみのキャラデザが気に入ったのと、声優が気に入ったのと、ミリタリーとSF、ボーイミーツガール的な要素が組み合わさった結果だと思う。

とにかく良いので、今すぐ見てほしい作品の一つと言えるだろう。

カードケータイいいな

京セラから、カードケータイ「KY-01L」が出たらしい。

www.nttdocomo.co.jp

ディスプレイが電子ペーパーという、なかなかおもしろい端末だ。

インターネット老人会によると、昔々「DataScope for DoCoMo」なる端末があったそうで、これの再来を感じる方々もいらっしゃるとのこと。

この端末、PCカードタイプのデータ通信端末になったらしい。つまり、この携帯電話を
折りたたんで、PCカードスロットに挿すだけで、データ通信が行える。

「データ通信が行える」と言っても、どうやら初号機はパソコン通信しか使えず
TCP/IP通信も使えなかったらしい。時代を感じる。

しかも、mova端末なので、ビットレートは9600bps。9600bpsと言ったら、シリアル通信(RS-232C)と同程度の通信速度ですよ。
インターネットに繋がると言っても、できるのはメール受信とテキストブラウザでのブラウジングくらいか。

とは言っても、この時代に電話とデータ通信が一つの端末で行えるというのは、非常に魅力的。
多分、当時自分が見たら買ってただろうなぁ。データ通信量が青天井になりそうだけど。

ついこの前、思い切ってガラホタブレットの二台持ちにしてみたんだけど、その時点ではこの端末は無かった。
もう少し発売が早かったら、ついうっかり買ってしまったかもしれない。


最近、スマホの巨大化は進む一方だ。今後は、スマホの巨大化に逆行する、こんな感じのシンプルな端末が増えるんだろうな。
スマホ一辺倒な市場はつまらなかったので、こういうイロモノが出てくるのは嬉しい。

Excel伝統工芸

今日は、会社でとあるExcelファイルの改修をした。

このファイルは、納期予定一覧から情報をとってきて、工程内で使用する書類を自動生成するというもの。

こういうものは、当然VBAで書いてあるものだと思ってソースを見てみるも、数行のコードしか無い。
どうやらVBAは印刷だけで、後は全部ワークシート内の関数で構成されているらしい。

プログラマが作ったExcel自動化というのは、こういう類が結構多い。VBAを使わない自動化というのは、可読性が全く無いのでよろしくない。

動いているうちはいいけど、動かなくなったら大変だ。

そういうわけで、正攻法でこのファイルの改修に取り組むのは、控えめに言っても地雷原に地雷探知機無しで突っ込むような暴挙であって、無茶だ。

僕は諦めて、結果が出たタイミングでVBAを使って割り込み、強引にデータを書き換えることにした。
これなら、おそらく関数だらけのからくり人形みたいなロジックも、狂うことは無いだろう。

今日はそんなExcelファイルを改修しながら、つくづくExcelはプログラミングには向いていないソフトだなと思った。
もっと自由度を低くして、プログラマプログラミング言語の仕様に沿わざるを得ないような仕組みにしないと。

何でもかんでもExcelでやる文化は、どうにかならないものか。