今日の礼拝は、ルカ23章13-25から、イエスの代わりに赦されたバラバに注目したメッセージだった。
このバラバという人は、どうやらローマ帝国に対する反乱を企てていた、レジスタンス運動の活動家であったようだ。
彼の姿に、自分を重ねて考えないわけにはいかない。
私たちは、以前は神の国の支配に対抗するレジスタンス運動の活動家であった。神でない物を神とし、律法で禁止されている行いを、罪とも思わずに犯し続けていたのだ。
あるいは、神の支配に反抗し、一生懸命自分で名を挙げようとせっせと頑張ってきたのである。こういう人は成功しているかもしれないけれども、疲れ果てている。満たされていると思っているかもしれないけれど、どこかで欠乏を感じている。
かつての自分はそうだった。希望の学校に入学できて、就職もたぶん安泰で、全てがうまくいっていた。挫折なんてあり得ないと思っていた。
でも、人生そう上手くはいかないもので、数々の挫折があった。絶望のどん底にたたき落とされたような気分になって、何も手に着かなくなることもあった。
そんなとき、神様は私にそっと声をかけてくださった。
「そのままでいいんだよ」
私は、神様が本当に求めておられる事を知った。それは、神を信じることだった。
神様が本当に求めておられることは、名を挙げる事でもなく、すばらしい業績を残すことでもなく、ただ日々主を賛美し、主により頼みつつ歩むことだった。
聖書の価値観では、「これまで」より「これから」を大切にする事が多いように思う。
「これまで」がどうであれ、「これから」の選択によって、未来は変わるのだ。
人生をやり直すことはできないと、多くの人が言う。
確かに、30代や40代から人生をやり直し、お金持ちになるのは難しいかも知れない。
でも、人生をやり直すと言うことが、神を神として認めることだとしたら、それは今でも遅くない。
私は、新しい一歩を踏み出そうとしている。愛する人と共に、主を賛美しつつ人生を歩む。それほどすばらしい事は、他には無いことだと思う。
私は、私の「これまで」に感謝し、「これから」に期待したい。
あなたも、あなた自身の「これから」を、主イエスを信じることによって変えてみませんか?